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モンベルさんと取引がある関係で
一時期社員同士でツーリングに行くと
ムーンライトだらけでした。
ムーンライトVの内部はこんな感じでした。
半分は荷物が散乱していますね。
ズボラな僕にこの広さはありがたかったです。
いずれにしましても実質的にはそのムーンライトVが僕の「初めての自分専用テント」になったのです。
以来20年間、僕のテントはずーっとこのムーンライトで特に不満を感じることはありませんでした。
2〜3人用の三角テントは居住性バツグンで、荷物を散らかしてしまう僕にような人間には広さもちょうどいいものでした。
山岳テントらしく造りもタフで、破損と言えば酔った友人がのしかかってポールを曲げてしまったのと、強風でフライシートの張り綱の縫製がホツレてしまったことくらいでしょうか?

モンベルのことですから修理はもちろん可能で、特に張り綱のホツレの修理依頼の時には、まだホツれていない他の張り綱の縫製部分にも補強が施されて返送されてきてビックリすると同時に、モンベルという会社に対する信頼性は揺るぎない物になりました。
(これで営業の人が微妙に高飛車なところさえ改善されれば完璧なんですが(笑))

そんなわけで、僕はどんなに他に新製品が出ようとも買い替えに心が動くことはありませんでしたし、人にもこのテントをよく薦めてきました。

しかしある年の北海道ツーリングの時のことです。
僕は20年間の使用歴で初めてこのテントに軽い失望を感じたのです。

そのお話はまた次回に・・・
バイト代はたいて買ったばかりの「モンベルムーンライトV」を
担いで、東北の飯豊連邦を縦走中です。
この時は21歳くらいでしょうか?
何だかモサッとして若さが感じられませんが
この時は一週間くらい風呂入ってないんじゃないでしょうか?
多分。
大学では山岳部などには所属していませんでしたが、ちょくちょく近郊の山へ出かけたりはしていました。
そこで僕はいよいよ自分専用のテントの購入検討し始めたのです。

さて、その頃には山岳用テントはほとんどが軽量な自立式テントがその主流になっていました。
様式美に拘る学生の山岳部以外では、キスリングとともにキャンバス地の三角テントは駆逐されていきました。

しかし僕にはどうにも自立式の主流になっている「ドーム型テント」というものの形が好きになれませんでした。
理由には合理性なんてありません。僕が幼少の頃から憧れていた「テント」というのはあくまでも「三角型」であって、それへの憧憬が強すぎたのです。
ドーム型が「何かテントっぽくない」というしょーもない理由で購入対象にはなりませんでした。

しかしその夏の「飯豊連邦単独全山縦走」計画のためにテントは購入しなければなりません。

そんな煮え切らないある日、山岳雑誌のモンベル社の広告に釘付けになりました。
それは発売間もない「ムーンライトテント」の広告だったのです。
ムーンライトシリーズの中で、2〜3人用の「V」は大変珍しい「自立式の三角テント」だったのです。
「これだ!」と思いました。
用途はソロ用でしたが、高校時代の苦い経験から「テントの『○人用』という表記は実際の半分と思え!」という教訓が身にしみていましたので、2〜3人用を購入することに躊躇いはありませんでした。
バイト代を叩いて買ったそれは、確か当時でも3万円台中盤くらいしたと思います。恐らく現行の同型モデルよりも高価だったんじゃないでしょうか?
1980年、高校一年生の時の北アルプス横尾での合宿風景です。
高校山岳部のテントは大体がこんなボーイスカウトテントでした。
左奥の紺に青ラインのヤッケを着たのが15歳のワタクシであります。
人生初めての「自分用のテント」というのは、高校の入学祝にアメ横で買ってもらった米軍払い下げ品なんですけど、これを厳密な意味で「テント」と区分していいのかどうか、大変微妙なところです。
と言うのも、売ってる方が「そのテントでキャンプをする」ことをほとんど前提にしているように思えず、どちらかと言うと「軍装品としてのコレクション」として売っている節がありました。
購入したのが御徒町の中田商店ですから、その辺はいたしかたないでしょう。
価格も5000円前後だったと記憶しています。
しかし15歳の僕にとってはそうれはもう飛び上がらんばかりに嬉しいプレゼントでした。

何と言っても「自分専用」のテントなのです。
単なるキャンバス地を二本のポールで支えているだけで、グランドシートもフライシートも付属していないような代物でも、僕はもう嬉しくって嬉しくって自宅の庭にそれを建てて一晩そこで過してみたりもしました。

しかしこの「テント」は、中学を卒業して高校に入学する間の春休みに行った自転車でのソロキャンプツーリングに二度ほど使用したのみでした。

高校に入学すると僕は山岳部に入部しましたので、テントが必要な時は部の備品を使用するようになりました。
しかし部の備品とて、実態的にはその米軍払い下げテントとそれほど大差はありませんでした。

1980年代の前半には、もう世の中には自立式のテントという物は出回っていたわけですが、田舎の何の実績もない山岳部で使用していたのは子供会などで使用している所謂「ボーイスカウトテント」と寸分違わぬものでした。
これはとにかく張る人によってテントの居住性が全く異なってしまうような設営にスキルを要求されるもので、僕らは校庭の片隅でそのテントの設営訓練を、他の運動部の好奇の目にさらされながらも繰り返したものでした。

しかし問題はその設営の面倒くささよりも、公称「8人用」でありながらどう見ても大人4人も寝ればいっぱいになってしまう空間に必ず5人で押し込めれらることでした。
初心者向けの「登山入門」的な本にも「テントに寝る時は身体を互い違いにして、なるべく空間を有効に使いましょう」みたいなことが書いてありまして、つまりテント内で「快適に過す」という概念は最初から1%も考慮されないのが「山岳部でのキャンプ」だったのです。
山岳部の部員はどいつもこいつも細っこいヤツが多かったのですが、それでもこれはかなり苦痛でした。
自分に与えられている空間は自分のキッチリ肩幅分の横幅しかなく、しかも顔の両サイドには一日中登山靴を履いて歩き回った(しかも洗ってない)足がゴロリと迫っていて寝返りもままなりません。

僕が大学に入って、個人用のテントを購入するにあたってまずは一番の条件にしたのが「快適な居住空間」だったのはこのトラウマなのは間違いないでしょう。
まずは住居から テント選びの迷宮 その1