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うどんの国の青春編 その4 「敵意」
高松店に赴任して、二日目の朝から僕は基本的に一人っきりになりました。

前任のK店長は、元々の高松店オーナーさんが経営する他店舗への転勤と、それに伴う引越しが決まっていたためそれなりに忙しく、そちらの準備に集中するために基本的にはもうお店には出てこられませんでした。

それにこの小さなお店の引継ぎ業務は、初日の半日もあれば時間的には充分だったのです。

何か分からないことがあればその都度電話する・・・ということでK店長の間では合意が出来ていました。

その二日目の朝。
いよいよ「自分の店舗」としての初日です。

僕は張り切って開店1時間半前にはお店に入って掃除を始めました。
棚という棚を雑巾がけし、商品にハタキをかけ、床を掃除してガラスを磨き・・・・

開店は10時からだったのですが、掃除に集中していたら午前中はあっという間に終わってしまいました。

もちろんその間お客さんは一人も来ません。

昼食は、高松店と道路一つ挟んだ向いにある喫茶店からランチを運んでもらうように前日に頼んでいました。

電話で持ってきてもらうように頼むと、15分後くらいに喫茶店のお兄ちゃんが目の前の歩道橋をお盆を持って歩いて来るのが見えます。
その後僕はほとんど毎日ここの喫茶店のランチのお世話になりましたので、このお兄ちゃんが「高松に来て最初の顔見知りの人」になりました。

しかし昼ごはんの間も、そのあとの時間も、お客さんはサッパリやってきません・・・・

午後もそんな調子で、結局この日は実質赴任初日にして「ボウズ」という記念すべき日となってしまいました。
当時は毎日の業務日報を本社に送信しなくてはいけませんでしたので、さすがに初っ端からボウズというのは気まずく、自分でキーホルダーか何かを買った気がします(いちいちボウズの度に自分でモノを買ってたらキリがありませんのでその後そういうことはやめましたがww)。

8時に店を閉めると、また僕は目の前の喫茶店で晩飯を済ませ、二階の寝床へと帰りました。

二日目の晩には、前日あれほど気になった国道の車の音も全く気にならずにグッスリと眠りにつきました。
人間は環境にあっという間に順応しちゃうんだな・・・と妙に感心したものです。

しかし前にも書きましたよう、この高松店のある場所は、交通量だけは多いが周囲に飲食店もスーパーもない立地環境でして、昼飯のルートだけはなんとか確保したものの、それ以外の日常生活は不便この上ない場所でした。

一番近いコンビニもはるか1,5キロほど先です。

そんなわけで、赴任して最初の休日に、僕はとりあえず街に出て自転車を一台買いました。
なんていうことのないママチャリですが、これで行動半径がグッと広がりました。

自転車ならば、ちょっと離れたところにある酒屋さん、コンビニ、本屋さん、讃岐うどんのチェーン店などが自分のテリトリー内に入ります。

え?
車やバイクは持っていかなかったのかって??

えー・・・っと・・この話しを続ける上で避けて通れない話しなのでここでしてしまいますと、僕はその当事免許証を剥奪されておりまして、動力付きのものは何一つ運転できない環境にありました。
免許証を失ったのは全くもって自分の不注意と無思慮の結果としか言いようがなく、あまりに自分でも恥ずべき過去ですので、この件はサラリとここで終わらせてもらいますし、今後ともあんまり深く追求しないよう切にお願いいたしますwww

ただ、この土地勘のない街で、知り合いも一人もいない郊外の住処で過ごした日々を振り返る時、「バイクに乗れない」という事実は、僕のここでの生活をかなりの部分マイナス方向へ規定しました。
それは物理的な意味合いにおいても、精神的な意味合いにおいてもです。

恐らくあの頃の僕にバイクがあったのなら、僕のこの高松ライフはかなり違ったものになったでしょうし、24年後に思い出した時の印象もかなり異なったものになっていたはずです。

さて、高松店に赴任してちょうど一週間ほど経った時です。

ふらりとK店長がお店にやってきました。

「藤森クン今日の晩空いてるか?」とK店長は聞いてきました。

もとより僕がこの土地で、勤務時間外に予定なんかあろうはずがありません。

「いえ。大丈夫ですけど」と僕が答えると、「今日な。この店の常連さんがオレの送別会開いてくれるんだそうだ。キミの歓迎会も兼ねてるからおいで」と誘ってくれました。

「ええぜひ!」と僕は社交辞令でなく弾んだ声で答えました。

新しい土地で、新しい人間関係が始まるというのはやはり心弾むことです。

まだこのお店にはあまり常連さんが顔を出されていませんでしたので、僕はまだ見ぬ常連さん達に会えるのを楽しみにしておりました。
夜、お店を閉めると、僕は高松の中心街にある「ライオン通り」へと出かけ、教えてもらった飲み屋さんへと急ぎました。

お店は貸し切りらしく、すでに20人ほどの人数で酒宴が始まっているようです。
僕はその人々の中にK店長の姿を見つけると、「遅くなってすいませんでした」と足早に近づきました。

K店長は手を挙げると、周囲にいる常連さん達と思しき人たちに「これが新しい店長。藤森クンね」と僕を紹介してくれました。

僕は「よろしくお願いしまーーっす!」と元気よく挨拶したのですが、どうも皆さんの反応が芳しくありません。

「ああ・・そう。へぇ」くらいな感じです。

僕はちょっと出鼻を挫かれた感じを覚えつつも「よろしくお願いします」と繰り返しました。

その後K店長は、挨拶する人ごとに僕を紹介してくれたのですが、多少の程度こそあれ常連さん達の反応は概ね冷めたものでした。

とりわけ、色黒で長身の、チョビヒゲを生やしたよく似た二人組み(後に兄弟だと知った)が、僕への敵意にも似た表情を隠そうとしませんでした。

K店長はちょっと困ったような表情を浮かべながらも、会場の人々に挨拶をして回りました。

宴も終盤になり、仕切り役の常連さんの一人が「じゃあそろそろ店長に挨拶をしてもらおうか」とK店長に水を向けます。何と言っても今日の主役はK店長です。

K店長は大変に常連さんにも慕われていた店長さんらしく、店長さんの挨拶とそれを聞く常連さん達の間の空気はとても暖かいものでしたし、常連さん達がK店長の転勤を本当に名残惜しく思っている様子が伝わってきました。

K店長は最期に「じゃあ僕の後に高松店の店長になる藤森クンにも一言お願いしようかな」と僕にマイクを渡しました。

僕は会場の空気が微妙に変化するのを感じながらも「何にも知らない若輩者ですが、今後ともよろしくお願いします」と手短に挨拶を終えます。

パラ・・・パラ・・とまばらな拍手・・・

さすがにバカで鈍感で空気の読めない僕も、ここに至っては気が付かざるを得ませんでした。

 もしかして・・・オレ・・全然歓迎されてない??


今考えてみれば(いや・・ちょっと聡い人間ならばとっくに気づくことなんでしょうが)この常連さん達の反応はしごく当たり前のことでした。

K店長はその時点で高松店の勤務7〜8年くらいになっていたはずですが、お店の店長として信頼されていただけでなく、休日には常連さん達と一緒にトライアルを楽しむライダー仲間でもあったのです。
当然そのお付き合いはオートバイという媒介を経なくても親密なものだったことでしょう。

その愛すべき店長が会社の都合でどこか他所の店へ転勤してしまうわけです。
自分達の目の前からいなくなってしまうのです。

FC店の常連さんというのは、直営店の常連さんとは微妙に「対本社」への距離感が異なります。
何かコトが起こればやはりそこは「FC店視点」で事態を解釈します。

「高松店の直営化」という事態の本質を、常連さん達がどの程度ニュートラルに理解してくれていたのか今となっては分かりようもありませんが、とにもかくにも彼らの愛するK店長は不本意ながらも高松店を去り、代わりにやってきたのが僕だったと。こういうわけです。

 「本社から派遣されてきた若いヤツ」
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 「大学出たての、クシタニのことなんか何にも知らないヤツ」

 「高松には何の縁もゆかりもない都会出身のよそ者」

それが彼らから見た僕の「立ち位置」でした。

もう少年漫画なら絵に描いたような「いけ好かない敵役」です。

気に入らないのはもうどうしようもありません、

もし僕が彼らの立場でも、同じように新任店長には冷ややかな感情を抱いたことでしょう。

その晩、二次会などが開催されたのかはもはや定かではありませんが、僕は送別会が終わると一人タクシーに乗って郊外の住家へと帰っていきました。
そしてその時僕がどのような感情を抱いたのかも、今となってはよく思い出せません。

とにもかくにもそれが僕と高松店常連さんとの「ファーストコンタクト」であり、それがお互いにとって決して幸せな出会いとは言い切れなかったことだけは確かなことなのでありました。