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そのお店は歩道橋の影に隠れてヒッソリと建っていました。

それまで研修のために赴任していた箕面店に比べるとなんというミニサイズなお店なんでしょう!

恐らく面積的には箕面店の四分の一くらいです。
(名東店の三分の一くらいかな?)

恥ずかしながら僕は入社するまで「クシタニショップ」というものにただの一度も入ったことがありませんでしたので、僕のクシタニショップの基準は全てが箕面店だったのですが、後々知ってみれば箕面店は全国的にもかなりの大規模店舗だったようで、全社的に見ればこの高松店のようなこじんまりしたお店がほとんどだったのです。

「しかし・・・小さいだけでなくなんか古臭いよなぁ・・・」

壁に掛けられたブリキ製の「クシタニ」と書かれたカタカナの看板は、「ニ」が錆び落ちてどこかへ飛んでしまっていったようで、外から認識できる店名は「クシタ」以外にはありません。
壁もなんとなくくすんでいます。

僕はポカーンとその看板を眺めながら、店のドアを押しました。

前任のK店長とは全くの初対面だったのですが、さっきの電話から僕が新任店長(代理)だとわかったのでしょう。「お疲れさん、疲れたやろ」とにニコヤカに出迎えてくれました。

K店長は20代後半くらいの爽やかな好青年でした。
「こんな爽やかな店長がやってても業績は厳しいのか・・」と僕はちょっと不安になりました。

K店長は「まず二階見てみるか?」と僕を住居スペースまで案内してくれました。
店の外にある階段を昇り、鍵を開けると中に僕を招き入れます。

二階は手前の半分が倉庫になっており、そこには今は使われていない什器や販促品などが積まれていました。

その奥が居住スペースで、簡単なキッチンと、ちゃんとトイレとは別室になったバスルームが備えられています。
居間は8畳程度はありそうで、テレビも置かれていました。

「ちょっと散らかってたけど片付けておいたよ。オレも独身の頃はここに住んでたんだけど、最近はただの物置になってたからねぇ」とK店長は、布団の場所とかシャワーの使い方とかを順番に説明してくれます。

僕の送った荷物はK店長が部屋の中に運んでおいてくれていました。
「適当に片付けたら店に降りておいで」と言うと店長はトントンと階段を下りて行きます。

僕はK店長の優しさに感謝しつつ、少ない荷物を片付けるとあらためて部屋の中を見回してみました。

「ここが今日からオレの城か・・・」

必要最低限の家具しか置いていない殺風景な部屋ですが、やはり何かがスタートする場所だと思うと何となく新鮮な高揚感のようなものが湧いてきて、僕は大きく深呼吸しました。

お店に戻ると、K店長から基本的な引継ぎをしてもらいます。
書類や備品などは何処に何があるか?
現在受注しているオーダーや修理、お客さんからの依頼品。バックオーダーなどなど。

引継ぎ業務自体は滞りなく進んだのですが、そのうち僕はなんだかソワソワと落ち着かなくなってきました。

実のところ、僕がこの店に着いてから3時間あまり、ただの一人のお客さんもやって来ていないのです。

箕面店ではこんなことはあり得ないことでした。(今の名東店では普通にありますがww)
僕は恐る恐るK店長に聞いてみました。

「あの・・・今日は何か特別な事情でもあるんでしょうか?」

「ん?」
僕の質問の意図を図りかねている店長は首をかしげて僕を見ます。

「えと・・、さっきから一人もお客さんが・・・」

それでも首をかしげていた店長は、ようやく僕の疑問に気が付いて「あぁ・・・」と息を漏らしました。

そして「フジモリ君はどこで研修を受けていたの?」と聞いてきました。

「箕面店です」と僕が応えるとK店長は「へぇ・・そうか」と笑いとも溜め息ともつかない息とともに、「ウチはいっつもこんなんや」と自嘲気味に言葉を吐き出しました。
その時のK店長の表情は、さっきまでの爽やかさは若干息を潜め、暗い翳のようなものが差していました。

僕は自分の不用意さを恥じました。

K店長だって忸怩たる思いを抱いてるに違いありません。
どんな規模の店舗だって店長は自分の店に愛着があるに決まってます。
そこを志半ばで去らなければいけないところへ、世間知らずの若造からこんな不躾な質問をぶつけられたのです。

しかしK店長はことさら明るい口調で「ま、これ以上は落ちようないからさ。フジモリ君も頑張ってや」と僕の肩を叩きました。

結局その日は、その後たった一人だけやってきたお客さんがサマーグローブを一艘買って行かれたのが売上の全てでした。


閉店後、K店長は近所の食事が出来そうなお店を幾つか僕に教えると自宅へと帰っていきました。

僕は歩道橋を渡った向かいにある小さな喫茶店の定食で食事を済ませると、店の二階の新しい我が家へと帰りました。

お店が建っている場所は、大きな国道のバイパス沿いだったのですが、周囲には店舗らしい店舗はほとんどなく、ポツポツと建っている人家以外はほとんどが田畑で、それこそ夜は真っ暗になりました。

そのくせバイパスの交通量はかなり多く、部屋の中であらためて一人で寝転がっていると、窓の向こうからひっきりなしに車のエンジン音や通行音が聞こえてきました。

友人も、会社の同僚も、知っている人が一人もいない土地。
全く土地勘もなければ、これまで縁もゆかりも無かった(どこにあるのかすら知らなかった)この高松という街。
郊外の閑散とした大通り沿いの、歩道橋の翳にヒッソリと建つ、平日にはほとんど買い物も来ない小さな店舗。

目を閉じて外からの車の音に身を任せていると、誰からも忘れ去られた宇宙の片隅でも漂っているような気分になってきました。

その晩は結構疲れていたはずなのですが、僕にしては珍しくほとんど寝付かれずに朝を向かえました。

外を走るトラックの音は、一晩中途切れることがありませんでした。
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うどんの国の青春編 その3 「旅立ち」
話を仕事目線へと戻しましょう。

高松店行きの内示を受けてから、実際に赴任するまでには一週間程度の猶予はもらったと思います。

そして、その間は会社の各部署の先輩が講師代わりとなって僕に対する「詰め込み講座」が朝から晩まで行われました。

接客技術はまぁ日々慣れるしかありませんので、もっと実務的な、例えばサイズ直しの際の詰め幅や伸ばし幅の割り出し方、オーダー採寸のやり方、業務日報のつけ方、複式簿記方式による振替伝票の起し方などなど、店舗を運営する上で最低限の必要不可欠な知識を教えこまれたわけです。

なにしろド新人ですから、僕の名目上の役職は「店長代理」なわけですが、実質店舗にいるのは僕一人になりますので、実際の業務は店長と変わりません。

しかし、講義を重ねるうちに焦燥感にかられていったのはむしろ講師役の諸先輩方でした。
彼ら(彼女ら)は、僕のあまりの無知ぶりと、あまりの物覚えの悪さに呆れ返り、最後に必ずこう言いました。

 「なぁ・・・お前・・・・本当に・・・大丈夫か・・??」

そして、心配を通り越した焦りを彼らが隠そうとしなければしない程、むしろ僕は開き直りとも言うべき落ち着きを身につけていったのです。

だって考えてもごらんなさいよ。

こんな右も左も分からない新人に(潰れかけの)店舗を任せようと考えたのは会社なわけです。
僕の希望ではなくあくまでも会社の判断です。

だったらです。

 「その店潰れちゃってもオレのせいじゃないんじゃね??会社の責任だろそれ?」

僕はこう思うようにして開き直りました。
どうあがいたってなるようにしかならないのです。

でも案外これは精神的に効きました。

皆さんも仕事やプライベートで、何か自分の実力以上のことを他人から求められた時はぜひこの「(失敗しても)オレのせいじゃないパワー」で乗り切ってください。


それに僕はちょっと楽しみでもあったのです。

僕らの年代は、先輩方からは散々「新人類」だの「指示待ち世代」だのと言われたものですが、実際問題僕は典型的な「指示待ち男」でしたので、多分誰か先輩店長の下で「普通の平スタッフ」から出発していたら相当にダメ社員のまま会社生活を送らなくてはならなかったでしょう。

僕は集団の中にいると、考え過ぎるがあまり何一つ自分から積極的に行動できないダメ男なのです。

実際研修中の短い間で、既に僕に対する会社の評価は「こいつ使えんなぁ・・」というものであったようで、そういう空気をビシバシと感じた・・・というだけでなく、女子社員同士なんかの間では「あの子アカンなぁ・・」というウワサにもなっていたらしいです(実際にウワサしてた当人から聞いたwwww)。

そんなわけで、僕は「一人で思い切って好きなように仕事が出来る」という環境にちょっとワクワクもしていました。
自分の性格上、そういう環境の方が適しているように思っていたのです。

僕に高松行きを命じた例の専務は「まぁ好きなようにやったらええで。よっぽど外れたことしてたら注意するよってに、それまではお前の好きなようにやったらええ」と言ってくれました。

人生では幾つか忘れ得ない「感謝するべき助言」がありますが、この専務の言葉は間違いくその中でも3本の指に入るでしょう。

さあ、そんなこんなであっという間に一週間が経過し、僕は大阪の街を離れて高松へと旅立ちました。

段ボール二つ分の荷物だけ先に送っておき、僕は身ひとつでJRに乗って移動したのですが、その年はまさに瀬戸大橋が開通した年で、僕はその出来立てホヤホヤの線路で海を渡りました。

その日は素晴らしく天気が良く、車窓の外には真夏の瀬戸内海がキラキラと光っていました。

高松駅から高松店まではバスで20〜30分ほどの距離です。
お店では前任の店長が一週間程度は引継ぎ業務のため残ってくれているそうです。

僕はカタログに載っていた地図を切り取ってきていましたので、バス亭を降りてからその地図を見ながらお店の場所を探しました。
しかしなかなかお店が見つかりません。

しかたがなく、目の前にあったガソリンスタンドで電話を借り、お店まで電話をして場所を聞いてみると
ほとんど目の前まで来ているようです・・・

え・・??何処??どこにクシタニショップがあるの??

はぁ??もしかして・・・これ!!??