その3へ→
←その1へ
うどんの国の青春編 その2 「別れ」
これはブログに連載時には書いていなかったエピソードです。

あまりにも赤裸々に恥を晒すことになりますのであえて避けていました。
基本的には私生活に属することですしね。

しかし、今後この高松時代のことを振り返る時、やっぱりこのことは避けて通れないことなんですよ。


えーーっとですね・・・
この高松行きが決まった時、僕は大阪である女の子と一緒に暮らしていました。
まあ「同棲」ってヤツですね。
もうね。どう表現したところで「モヤモヤ〜」っとした感じが付きまといますよね(笑)。

彼女は僕より一学年下の大学生で、同じ大学に通っておりましたが知り合ったのはアルバイト先でした。
お互いに関東圏出身で、二人とも親元からは遠く離れて一人暮らしをしていました。

で・・・付き合い始めるとお互い一人暮らしで何のケジメもないわけですから、当然の如くズルズルとどちらかのアパートに入り浸りになります。
そのうち「家賃が無駄」とか言い始めてどちらかのアパートで一緒に暮らし始めちゃうと・・・
田舎から出てきた無思慮で短絡的な大学生にありがちなパターンですよね。

女の子の方はともかく、少なくともその当時の僕に「相手の親御さんに対するケジメ」とか「責任感」とかそんなものは欠片も持っていなかったと思います。
タイムマシンがあればその当時の僕のところに飛んで行って「このバカヤロウ!」と頭の一つも張り飛ばしてきたいところですが、そういう形に落ち着くまでは僕たち二人の間にも若い頃にありがちなジグザグがありまして、当時の僕にとっては「それが二人にとってベターな選択」だと信じていたことは間違いありません。

ただ一つ同年代のお父さんに忠告があるとすれば、年頃のお嬢さんを持つ親御さんは迂闊にお嬢さんを一人暮らしさせちゃあダメですよ(笑)。
若い男なんてロクなもんじゃないですから。

さて、僕より学年が一つ下なわけですから、僕が会社に入ったその年には彼女はまだ大学生でした。

大阪本社で研修を受けていた時は、同じアパートから僕は会社へ。彼女は大学へと通っていました。
そんなところへ降って湧いた転勤話です。

午前中に内示を受けた僕は、この話を彼女にどう切り出すか心が重くなりました。
「泣かれるんだろうな」と、まずは率直にそう思いました。

アパートに帰ってから「実は・・・」とか話を切り出すのは、考えただけで重苦しい場面が想像出来たため僕は昼休みに公衆電話から自分のアパートに電話をしました。
文系の四回生なんてろくに講義はありませんので、幸い彼女は家にいました。

僕は息をスーッと吸い込むと「四国の高松に転勤になった。詳しいことは帰ってから話す」とだけ言うと、あれこれ聞きたそうな彼女の声を遮って電話を切りました。

「泣かれるだろうな・・」とか思ってたくせに、僕にもこみ上げるものがあったのでしょう。
会社に戻ると、先輩に「お前どうしたの?」と聞かれて慌ててトイレに顔を洗いに走りました。

会社に戻れば高松行きの準備と研修に忙殺され、彼女のことは何とか頭の隅に押しやって置けましたが帰路は正直憂鬱でした。緊張もしていました。

あんまり暗くなってもなんだし、とりわけいつも通り明るく振舞おうとアパートの扉を開けると、先に「お帰りっ!!」と明るい声を出したのは彼女の方でした。

僕があれこれ説明する前に彼女は「ジャーン!これ買っちゃった!!」と二冊の本を僕の前に差し出しました。
僕は気勢を殺がれてその本を見てみると、それは高松の町のガイドブックでした。

「あのね!あのね!私調べたんだよ!そしたらさぁ、大阪と高松って結構近いじゃない?新幹線だったらアッと言う間だし、フェリーだってたくさん出てるんだよ。それにね・・・それにね・・」

もう今度こそ僕は我慢できませんでした。
誰はばかることなく涙を溢れさせました。

それから僕が高松へと旅立つ一週間の間、結局彼女は一滴の涙も見せなければ、恨みがましいことの一つも言いませんでした。(今ふと思ったけど、もしかしてセイセイしてたのかな?www)

いよいよ出発の朝。
新大阪の駅まで彼女は見送りに来てくれました。

「夏休みには遊びに行くね」
「うん」
「身体に気をつけて頑張ってね」
「うん。お前もな」

そんな会話を繰り返しているうちに新幹線の扉は定刻通りに閉じました。
扉が閉まった直後、彼女は唇だけ動かして何か言いました。
もちろん僕にはそれが何と言ったのか分かりました。

え?何と言ったんだって?

そんなこと恥ずかしくて言えるわけないじゃんバカヤロウッ!