ちょっと前まで全国的にごく普通の習慣だった「ツーリングライダー同士のピースサイン」は、今やもう北海道だけでの習慣になってしまったようだ。
最近は本州でピースサインを出しても、返ってくる確立は以前よりもかなり低い。

しかしこれは考えてみれば不思議な話だ。

何故ならば、夏の北海道にいるライダーはそのほとんどが本州から来たライダーであり、彼らは普段自分の住む土地(つまり本州)でツーリングを楽しんでいるはずなのだ。

したがって「ピースサインの習慣」は、北海道だけで生き残っている・・・というよりも、ほとんどのライダーが「本州ではやらないけど、北海道でならばやる」と言ったほうが正確なのだろう。

つまり多くのライダーにとって、北海道を走っている時だけは「特別」なのだ。

夏の北海道を走っているライダーは、いつもよりも体温が1〜2℃高いに違いないと僕は確信している。


ある年の北海道からの帰りのフェリーでこんなことがあった。

例によって僕は、フェリーで知り合ったライダーとお互いの旅について語り合っていた。
自分でもどうかと思うくらい喋りまくっていた。

北海道で上がった体温を維持できるのはこのフェリーが敦賀に着くまでで、このフェリーが敦賀港に入港した途端に今年の夏は終る・・
みんなそのことを痛いほどよく知っていたし、まるでその事実から逃れるように喋り続けた。

そんな風に憑かれたように喋りまくる数人のライダーの中に、歳の頃なら50歳近いオジサンが一人いた。
オジサンはもう北海道にここ十何年も通い続けているのだそうだ。

そこに集うライダーの中では一際年長だったし、経験も豊富だったので、みんなオジサンの話に聞き入った。

そしてオジサンは、話の熱さと同じくらいのペースで焼酎を口に運んでいた。

話が昂じるにつけオジサンの呂律が段々と怪しくなり、そのうちロビーのソファーに長々と寝そべると盛大な鼾をかき始めた。

僕たちは「ハハハ・・寝ちゃったよ」と苦笑いしながらも、まだその横で話を続けた。

「あそこ行った?よかったよねー」とか「え?そこは行ってないなー!!来年絶対行こう!詳しい場所教えてよ!」とかそんな話が尽きることがなかった。

そんな騒がしい中でもオジサンは気持ち良さそうにイビキをかいていたのだけど、突然「ウーン」と唸って目を覚ました・・・ように見えた。

オジサンはムクッと半身身を起こしたかと思うと、大声で「北海道はなぁ!北海道はオレにとって聖地なんやっ!!」と叫ぶと、ソファーから落っこちてロビーの床に大の字になるとまた大イビキをかきはじめた。

見かねた船員さんが「他のお客様の迷惑になりますから・・・」とオジサンを床から起こした。

僕たちもオジサンに「自分のベッドで寝た方がいいよ」なんて苦笑しながらも、なんだかいたたまれない気持ちになった。

僕たちもオジサンも明日から「日常」が待っている。

オジサンにとって、1年のうちの僅かこの1〜2週間だけが「輝ける時間」なのだ。
そしてそれは僕たちにとっても・・・

言ってみればこのオジサンの姿は、自分達が確実に罹患してしまっている「夏の北海道病」というモノの末期症状を目の前で見せられているようなものだ。
まだ北海道経験の浅いライダーにとって、これほど複雑な光景は他にちょっと無い。

僕もオジサンをソファーに担ぎ上げながらしみじみ考えた。

「ライダーにとって夏の北海道とは一体何なのだろう?」と・・・

あれから何年も経ったけれど、僕にはその答えがよく分からない。

「だから僕はそれを今年こそ確かめなければならないのだ」
そんな「言い訳」を胸に僕はまたフェリーのスロープを駆け上る。


今年もまたそんな季節がやってくる。
四季のうち、夏だけはうっかりしているとすぐに逃げて行ってしまう。

今年の夏が皆さんにとって素晴らしい夏であることを僕は願わずにはおれない。
初めての北海道ツーリング!(一週間編) エピローグ